エンディングノート

砂田麻美初監督作。サラリーマン生活を勤め上げた直後にガン宣告を受けた男性が亡くなるまでを追ったドキュメンタリー映画。タイトルである「エンディングノート」とは公的な効力のない遺書のようなもののこと。主人公の男性、砂田さんは監督の実父である。
基本的にはガン宣告からあとの「死ぬまでにしたいいくつかのこと」を実行していく姿が章仕立てでときにユーモラスに、ときに深刻さをもって描かれるのだが、それ以前であるガン発覚前の映像も多いことから日常的にカメラを回していたことが伺える。家の中での撮影はもちろん、接待ゴルフからその後の商談、病院へ行く際のタクシーの車内などなど。
そこから想像されるのは膨大な映像資料なのだがそれを見事な編集で処理している。例えば前述したタクシー内での様子は、まだ健康だったころと薬によってやせ細った姿を交互に見せインパクトのある映像(別人かと見紛うほどに違う)であると同時に運転手に対して一字一句違いのない指示をする様子から砂田さんの性格も端的に現されている。こうした現在と過去を行き来する構成は全編通して行われ、映画にスピード感を与えている。
一人称で語られるナレーションは視点は父のものなのだがその声の主は撮影者である娘が、おそらくは過去にどこかで耳にした話や「お父さんならこう考える」という推測に基づいたものである。ここから鑑みるに本作は娘である監督本人が父(と家族)を理解し、父の死から立ち直るまでを描いたものともいえる。
そしてドキュメンタリーの醍醐味の1つはその奇跡的なまでのタイミングを撮影していたところにあると思う。本作におけるそれは「生命力を取り戻す瞬間」である。終盤、眠りについた砂田氏をみて医師は家族に「このまま起きなくてもおかしくない」と告げる。一夜明けてどうにか目を覚ましたものの、声すら出ない状態でかなり衰弱しきった様子であった。そんなとき息子が3人の孫を連れて病室を訪れた。一番下の子はまだ幼児だ。その子の泣き声を聞いた瞬間。明らかに砂田氏は息を吹き返すのである。赤ん坊の泣き声が「生命力の象徴」となっていること、そしてこの瞬間を捉えたことは大変素晴らしく、映画的だ。
それに加え、夫婦が二人きりでその絆を見せる場面は号泣必至である。